第69回ベルリン国際映画祭レポート(4)イスラエル人のイスラエル性を問う。金熊賞に「シノニズム」

【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=ドイツ・ベルリン】16日夕、授賞式が行われ、以下のような賞が発表されました。

国際映画批評家連盟賞の賞状を手にした『シノニムズ』のナダヴ・ラピド監督

金熊賞を獲得した『シノニムズ』は、パリに到着早々、文字通り丸裸にされてしまったイスラエル人青年が、フランス人の奇妙なカップルに助けられて、一生懸命フランス人になろうとする姿を通して、イスラエル人のイスラエル性とは何かを問いかける作品でした。

フランソワ・オゾンの『神のおかげで』は4年前のアカデミー賞作品賞を獲得した『スポットライト 世紀のスクープ』と同じ、教会の神父による子供の性的虐待を描いた作品ですが、『スポットライト』が、教会が隠蔽した虐待の事実を暴く記者たちを主人公にしていたのに対し、『神のおかげで』は被害者を主人公に、子供たちの心的障害の深さ、重さ、克服の難しさを描いています。この映画はフィクションですが、事実を元にしており、子供を性的虐待した神父と、その事実を隠蔽した責任者を訴えた裁判が係争中のため、この映画はフランスでは公開が禁止されています。

今年、私が注目した2本の女性監督作品がアルフレッド・バウアー賞と監督賞に入りました。『システム・クラッシャー』とは、どんなルールにも従わない問題児のこと。主人公のベニは、幼い子を育てている母親の手に負えず、養護施設に預けられているのですが、他の子供たちと馴染まず、施設の規則を無視し、家出を繰り返し、ついにはドイツの福祉行政では手に負えないから、ケニアの施設に送ろうかという話にまでなってしまいます。そこに電気も何もない、森の中の小屋に隔離してみたら、という保護士が現れて…、というストーリー。誰にも何にも馴染めない少女のアナーキーぶりに圧倒される映画でした。と同時に、彼女を何とか助けようとする養護施設や福祉関係者の真摯な仕事ぶりは感動的で、映画祭直前に起きた野田の少女虐待死事件で日本の教育関係者の無神経な対処ぶりを思うにつけ、ドイツが羨ましくなりました。

監督賞のアンゲラ・シャーネレク監督

『私は家にいた、だが…』は、父親の死が残された家族にどんな影を落としているかを描いたパートと、子供たちが<ハムレット>を演じるパートを重ね合わせた不思議な作品です。正直言って<ハムレット>の部分が私には未消化なのですが、母親、息子と娘の3人の日常を描いたパートが何ともいえない優しさに包まれていて、とても好きな映画でした。

今年は突出した映画がなかったので、受賞結果が総花的な印象になるのは仕方がないかもしれません。日本映画では、HIKARI監督の『37秒』がCICAEアート映画賞とパノラマ部門の観客賞を受賞、長久允監督の『ウィーアーリトルゾンビーズ』がジェネレーション14プラス部門の青少年審査員による作品賞の次点(スペシャル・メンション)になりました。

主会場のベルリナーレ・パラスト

【受賞結果】
●コンペティション部門
金熊賞(作品賞):『シノニムズ』監督ナダヴ・ラピド(イスラエル)
銀熊賞(審査員大賞):『神のおかげで』監督フランソワ・オゾン(フランス)
同  (アルフレッド・バウアー賞):『システム・クラッシャー』
監督ノラ・フィングシャイト(ドイツ)
同  (監督賞):『私は家にいた、だが…』監督アンゲラ・シャーネレク(ドイツ)
同  (女優賞):ヨン・メイ『さよなら、我が息子』監督ワン・シャオシュアイ(中国)
同  (男優賞):ワン・ジンチュン『さよなら、我が息子』
同  (脚本賞):マウリツィオ・ブラウッチ、クラウディオ・ジョジョヴァネシ、
ロベルト・サヴィアノ
『ピラニアたち』監督クラウディオ・ジョヴァネシ(イタリア)
同(芸術貢献賞):撮影監督ラスムス・ヴィデバク
『外で馬を盗む』監督ハンス・ペッテル・モランド(ノルウェイ)

●ジェネレーション14プラス部門
青少年審査員による
クリスタル・ベア賞:『ストゥーピッド・ヤング・ハート』監督セルマ・ビルネン(フィンランド/オランダ/スウェーデン)
スペシャル・メンション:『ウィーアーリトルゾンビーズ』監督 長久允(日本)
国際審査員による
クリスタル・ベア賞:『ハチドリの家』監督キム・ボラ(韓国)
スペシャル・メンション:『ブルブルは歌える』監督リマ・ダース(インド)

●国際映画批評家連盟賞
コンペティション部門:『シノニムズ』監督ナダヴ・ラピド(イスラエル)
パノラマ部門:『ダフネ』監督フェデリコ・ボンディ(イタリア)
フォーラム部門:『死の子供』監督ケリー・コッパー、パヴォル・リスカ(オーストリア)

●CICAE(国際芸術実験映画連合)アート映画賞
パノラマ部門:『37秒』監督HIKARI(日本)
フォーラム部門:『我々の敗北』監督ジャン=ガブリエル・ペリオ(フランス)

●パノラマ部門観客賞
フィクション:『37秒』監督HIKARI(日本)
ドキュメンタリー:『トーキング・アバウト・ツリーズ』監督スハイブ・ガスメルバリ(フランス/スーダン/ドイツ/チャド)

●カリガリ賞
『ハイマートは時の空間』監督トマス・ハイセ(オーストリア)

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