【加茂青砂の設計図】二番目の船「真漁丸」佐藤真成さんの物語③海幸丸と50㏄バイク

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】「刺し網でな、すごい漁をしたことがあるんだ。何回も」。よそに働きに行くことをやめ、自分の船だけで漁をするようになってからの話になると、真成さんの口から次々と笑顔の話が飛び出す。

「仕掛けた網の全部にカレイが刺さっていたことがある。手を引っ掛けるとこがなく、なかなか揚げられなくて困ったほどだ。想像できるか。網全部に全部ダイバ(ムシガレイ)だぞ。なっ、すげえだろ。網から外すの友達に手伝ってもらった」

「すぐ目の前の海で、ヒラメを大漁したこともある。1日で100キロもあったんでねえか。確か平成19年(2007年)の6月ころの話だ。刺し網は普通、3日ぐらい沈めておいてから揚げるんだが、こんときは毎日だ。どういうわけか、同じ場所で、だで。何日か分を足すと、800キロにもなった。持って行った(漁業協同)組合の市場で、職員から『これは記録じゃないか』と言われたりしたんだ」

昭和30年代の加茂青砂集落。集落全体を高台から。まだ防波堤がない(提供写真)

真成さんの話は、聞いているだけで楽しい。想像すると、もっと楽しい。

カレイやヒラメの刺し網漁は、幅3、4㍍幅の網の片側に浮き、もう一方に重しを付けて海底から垂直に立てて、沈める。それを2、300mの長さに仕掛けておく。えさを求めて泳ぐ魚が、網の目に頭から突っ込んでしまい、身動き取れなくなったのを捕獲するのだ。

野球のグラウンドをイメージしてみよう。漁網をカーテンに見立てると、思い描きやすいかもしれない。ホームベースから二塁までの距離が、約38・8m。その5―8倍の長さのカーテンに、上から下まで、ずらーっとカレイがぶら下がっている。「シュールだなあ」などと、物思いにふけっている暇はない。千匹もいるのではないか。急げ急げ。「1分と言ってられないぞ」。生きが悪くなる。みんなの助けを借りて、カレイを網から外さなくっちゃ。活気あふれるハマの光景が広がっている。

昭和30年代の加茂青砂集落。船を海から揚げるのは「人力」。助け合いが欠かせなかった(提供写真)

海は幾つになっても、分からないことだらけだという。だがその海で、子供のころは毎日のように、ヤドカリやフナ虫を餌に、磯魚を釣った。食料だった。中学校を卒業してすぐ、当時加茂青砂集落の沖で操業していた定置網の漁を手伝った。その後、北海道の底引き網漁、南氷洋でのクジラ漁の船団、北洋でのフィッシュミール船、北転船などを転々とした。「ここしかない稼ぐ場所」として、海を認識していた真成さんにとって、待遇がよくなるのが最も大切だった。

昭和30年代の加茂青砂集落。ハマは子供たちにとって、働く場所であり、遊び場だった(提供写真)

1963年(昭和38年)、21歳の若さで機関長の国家試験に合格した。4年後には小型船舶操縦士1級の免許も取得した。機関長になれば責任が増す代わりに、待遇もよくなる。真成さんは7人きょうだいの三男だが、長男が幼くして亡くなるなどしたため、家を支える役目を担っていた。家を建て替え、二人の娘を育て上げた。よその船からの引退後、自分の船という宝物で、30年も刺し網漁に携わることができたのは、「身の丈に合った」喜びと言えた。

「真漁丸」を解体した今、刺し網漁は卒業した。まだ現役の小舟「海幸丸」で、海藻類やサザエなどを採るほかは、オカでの畑仕事を、妻と一緒に楽しんでいる。話を聞いた日はちょうど、今シーズン最後の収穫をしてきた。「春のジャガイモの種植えから、秋の白菜とキャベツの収穫まで、毎日ふたり一緒だったよ」

少し照れながら話す真成さんには、農作業と、50㏄バイクで千鶴子さんとデートした日々が、重なっているのかもしれない。

真成さんの畑からは、海と集落が見渡せる(2021年5月)

次回からは大友捷昭さんの物語です。

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