【加茂青砂の設計図】「過疎地のバス」で旅に出よう

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】この連載の主な舞台はもちろん、タイトルになっている、男鹿半島西海岸の一隅、加茂青砂集落である。日本海に向かって湾状に広がる海岸線約1kmに沿って、家々が建ち並ぶ。あらためて集落の今、を紹介すると、63世帯、97人(2022年6月30日現在)が暮らしている。簡易郵便局が2020年3月に「一時閉鎖」。閉鎖はまだ続いている。公の窓口は、週に1回開く移動診療所だけになった。小さな赤いポスト1つ、ソフトドリンクの自販機1台、公衆トイレ2カ所の集落である。ほとんどの住民は車を所有、集落の外と行き来している。

「過疎地」のバスは和気あいあい

そんな中でも、公共交通機関はきちんと動いている。男鹿市中心部までの、始発便の次の便が最終、つまりは、タクシーとバスを乗り継ぐ路線が、片道2便しかない。さらに乗車2時間前ぐらいまでに、電話予約が必要となる。乗るのは80,90歳代がほとんど。少ない便でも、貴重な移動手段として、病院へ、買い物にと利用している。

大変そうでしょ?でも、過疎地の言葉で安易にイメージする暗さ、寂しさとは無縁なのが、利用してみて分かった。2年半前に股関節を骨折して以来、車の運転を休んで、仲間に入れてもらっているのだが、車中が楽しいのである。便が少なく、常連客が多いこともあって、運転手と乗客、客同士の距離が近い。ひとりひとりへの目配りが行き届く。誰もが互いに優しくなる。憎まれ口をたたくぐらいに、会話も弾んでくるのである。和気あいあいの雰囲気の中、体操教室に通ったり、図書館で本を借りたりしているが、車中の1時間半が苦にならない。

青い車両の「男鹿北線」は、高齢者には生活に欠かせない路線

そして、今年4月から1路線、どこで降りても200円と大幅に安くなった。さらには男鹿市内を走る10路線は、定期券(1ヵ月2千円、6ヵ月8千円)の提示で、どこまででも、何度でも乗り放題で、乗り継ぎも料金がかからず、自由である。おっ、小旅行ができるではないか。予約の手間さえも旅なら、わくわくの「第1歩」になる。暮らしを支えるバスで、旅行を計画する。マチバなら、通勤通学用のバスに乗って旅行―みたいなものである。ちょっとの違和感には、目をつぶろう。どういうコースにするか、うまく乗り継ぎができたらいい。新しい旅のスタイルとして、広まるかもしれない。よしっ、そのためにも「初めての旅」は、ふたり旅がいい。なんとなくだけど。

「ジサマふたり旅」スタート

「七兵衛さん、一緒に行かない?」。近所に住む、95歳の七兵衛さんは、バス利用の常連。「おうよ」とノリがいい。私は22歳年下の若輩者だが、「国民健康保険高齢受給者証」を持っている。世間ではジサマとして、十分に通用する。「ジサマふたり旅」スタートである。目的地を、新しくできたスーパーマーケットにした。その店は、加茂青砂から車だと、30分ぐらいかかっていたのが、さらに10分ぐらい遠くの場所に移転、モール街に規模を拡大して、新規開業している。バスの乗り継ぎが、新たに1回必要なので、おっくうなせいか、2人とも初体験。目的が「観光施設見学」だから、ふだんの買い物さえ、お土産を買うような「旅気分」を味わえる。スーパーで余裕をもって過ごすには、加茂青砂集落発2便のうちの1便しかない。行く日を「明後日の日曜日な」と即決した。

七兵衛さんは、手製のケースに入れた鉈(マキリ)を、いつでも手離さない

加茂青砂集落発午前7時35分の便を、前日に予約して乗る。人数が多ければ、ワンボックスカーが出るが、この日は七兵衛さんと私の2人なのでタクシー。12分で「男鹿北線」の始発停留所となる、男鹿水族館に。乗客はこの「青いバス」で、市役所や総合病院、小さなスーパーなどがある船川地区まで行って、用事を済ませる。

ジサマふたりの、この日は違う。途中で、もう1回乗り換えて目的地には9時32分着予定である。乗用車なら40分で行くところを、旅らしく2時間かかる。七兵衛さんも、白いポロシャツの上に、グレイのカーディガン、同色のズボンとスニーカー、青いキャップをかぶっている。キャップを取れば、白髪交じりの短髪頭。大きな目には笑顔が似合う。バスで前後の座席に座ったから、後ろ姿で気づいた。(はは―ん。新品を着てきたな)。カーディガンの背中に、取り残したシールが付いている。「旅は服装から。きちんとまがなわねば」ならないのだ。 (つづく)

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