【加茂青砂の設計図】風車は未来の可能性を摘んではならない(白石建雄・秋田大学名誉教授)

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】男鹿市五里合琴川(いりあいことかわ)地区に急浮上した、大規模風力発電開発計画は、この地区の自然環境や、悲観的にとらえられがちな「耕作放棄地」を、未来をともす明るい兆しとして、将来図に描いている佐藤毅さん(47)たちに、大きな壁となって立ちふさがった。佐藤さんの思いを、3回に分けて綴ってきたが、この地域一帯の自然を、ジオパーク(地球の成り立ちを知る公園)と提唱し、その価値と楽しさを「ディズニーランド」と、ほぼイコールで結ぶ秋田大学名誉教授の白石建雄さんに、開発計画をめぐる動きに対する考えを寄稿してもらった。その全文を掲載する。

「風車は未来の可能性を摘んではならない」白石建雄

男鹿市五里合琴川と男鹿中中間口(なかまぐち)に大規模風力発電開発計画があることが5月26日付の秋田魁新報で報じられた。私はこの10日ほど後に谷口吉光秋田県立大学教授からこのことを知らされ、さらに琴川在住で反対運動を開始している佐藤毅氏から話を聞いて、遅まきながらことの重大さを認識した。急きょ佐藤氏の反対意見表明の記者会見を6月20日に設定し、その場に、谷口教授とともに同席して反対意見を述べた。

ジオパークガイド養成講座で講義する白石建雄さん

男鹿市がある男鹿半島には男鹿国定公園がある。さらに、全域が大潟村とともに男鹿半島・大潟ジオパークに認定されており、「日本ジオパークネットワーク」の一員である。ジオパークはユネスコ(国連教育科学文化機関)が展開している事業で「国際的な地質学的重要性を有するサイト(場所)や景観」のことである。ただしそこは「自然遺産地域」とは異なり、「保護・教育・研究・持続可能な開発が一体となった概念で管理されていなければならない」ことが謳われており、地域活性化のために活用されることが期待されている。私はこのジオパークの活動の、発足(2011年)以来の伴走者として過ごしている。

開発対象地域の琴川と中間口周辺は火山である寒風山(かんぷうざん)の北麓に広がる丘陵地‐台地である。高さはおおむね標高100m前後であり、北方へと低下するが日本海との境界の北端部は大規模な急崖になっている(安田=あんでん=海岸)。寒風山山頂(354・8m)からは全方位にわたって雄大な景観を楽しむことができる。また安田海岸の急崖に露出している地層では、たくさんの化石を観察できるとともに、現在を含む過去数十万年間の大地の挙動を目の当たりにすることができる。寒風山エリアと安田海岸エリアはまさに「国際的な地質学的重要性を有するサイトや景観」に他ならない。

計画ではこの丘陵‐台地の稜線に11基の風車を建てるという。風車の羽根(ブレード)が描く円の直径は117~136mで、ブレードの最高到達点は142・5~172mになるとのこと。秋田市土崎のポートタワー・セリオンの全高が143mであるので、風車はこれに匹敵するか凌駕する大規模なものである。これらはほぼ南北方向に2列に配置され、東列に4基、西列に7基建つことになる。

東列の場合、南部の3基はすべて100m以上の高度の地面に建てられ、ブレードの最高到達点が240mを超えることは確実である。最南端の風車から約500m南方の道添いには寒風山エリアの重要な観察地点「板場の台」(標高248・4m)がある。ここは第一火口(大噴火口)の火口壁上端に位置しており、南を向いて眼下に目をやると、妻恋峠火口から流出した溶岩がこの火口内で流動してできた地形(溶岩じわ・溶岩堤防)を見ることができる。計画が実現した場合には、これらを見た後に振り返ると巨大な風車が立ちはだかっていることになろう。

西列は安田海岸に分布している地層の南方延長部にあたる。地表面直下にはあまり固まっていない砂質の地層があり、これはスコップで容易に掘り崩すことができる。計画ではここに深い孔を穿ち、ブレードを支える84~104mの支柱を7本突き刺すことになる。民有林内の事業とはいえ、国定公園近傍およびジオパーク内の「持続可能な開発」行為としてはいかにも乱暴である。また佐藤氏の反対意見書には「琴川の山からしみ出し集ってくる山の水は、肥料もやらず、藁や米ぬかなどほとんど戻していない田んぼでも立派な稲が育ちます」とある。この「山の水」に与える影響も気掛かりである。

琴川はのどかな農村地帯の小さな集落である。ご多聞にもれず、この集落も過疎・高齢化・少子化に長い間苦しみ続けて来た。しかし佐藤氏の反対意見書によれば、ここは若者の努力で耕作放棄地の復田や山の手入れが進み、さらに移住希望者が増加して、いまや未来への可能性にあふれた」地域になっている。6月28日に発足した「男鹿の里山と生きる会」設立時の呼びかけには「ここは未来の男鹿にとって、なくしてはならない場所です。私たちは、未来を生きる子どもたちへ、この自然豊かな男鹿の里山を生かしつなげたいと思います」とある。「未来への可能性」への確信のみが発し得るメッセージであろう。

現代社会は子どもたちをコロナ禍という過酷な生活環境に投げ込み、さらに彼らの目に戦争という人間の今なお野蛮な振る舞いをさらし続けている。未来を生きる子どもたちに人びとの共同・協働の力の創造性を示し、美しい地域社会を届けることは現在を生きる大人たちの課題でなければならない。琴川の若者たちの努力が実を結び、活動の輪がさらに大きく広がることを願わずにはおられない。佐藤氏が反対意見書の中で危惧する「人がいなくなっていき、ただ風車ばかりが回っている風景」など決してあってはならないと考える。(2022年6月29日 白石建雄)

白石建雄(しらいし・たてお)】1943年(昭和18年)生まれ。仙台市出身。男鹿半島・大潟ジオパーク提唱者、同推進協議会アドバイザー。秋田大学教育学部教授、同工学資源学部教授を経て名誉教授。専門は第四紀地質学。秋田市在住。

「環境配慮書を読む」②

寒風山から計画予定地方向を見た光景に、風車の外周円を描きこんだ写真(撮影&構成・松橋和久さん)

「(仮称)五里合風力発電事業」(日本風力開発、本社・東京)が6月24日までの1ヵ月という期限付きで縦覧した「環境配慮書」の「事業に係る電気工作物その他の設備に係る事項」では、大型陸上風力発電機について図入りで、その構造などが説明されている。

それが、変電施設、送電線、系統連系地点となると、3施設とも「現在検討中である」という判で押したような説明がなされる。土地所有者はこの情報だけで、土地を売るとか、貸すとかを決めなくてはいけない。「検討中の施設」が具体化し、環境に対し更なる影響が出ることが分かっても、それには「目をつぶれ」になってしまうのか。

ジオパークなどの関連から見た計画予定地の地図(仮称・五里合風力発電事業に係る計画段階環境配慮書より)

発電機だけが建ったことを想定して、この2枚の写真を見比べてみると、白石さんの話が一層詳しくイメージできる。そのうえで、「環境配慮書」の「重大な環境影響が考えられる項目についての評価の結果」から「景観」の項目を読む。

「主要な眺望点については、いずれも事業実施想定区域に含まれず、直接的な改変は生じないことから、重大な影響はないと評価する」(主要な眺望点及び景観資源の直接的な影響の有無)

「主要な眺望景観の変化に影響を及ぼす可能性はあるが、今後の環境影響評価手続き及び詳細設計において、右に示す事項を留意することにより重大な影響を回避又は低減が可能であると評価する」(主要な眺望景観への影響)

イメージしての感想とは、だいぶ違う。「あんなに大きな風車があったら、景観が崩れる」と感じた景観と、同じ言葉を使っているとは思えない。「美しさを感じるのはなぜか」という議論をしなければいけなくなる。

配慮書のこういう書き方は「景観」だけではない。「事業実施想定区域に含まれないから」「以下に示す事項に留意することにより」という前置きで、「重大な影響は生じない」「重大な影響の回避又は低減が可能である」と結ぶ。どんな分野でも、同じ言葉の羅列で、片付けている。配慮書の委託を受けているのは、(一般社団法人)日本気象協会である。

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