日本海に沈む夕日の輝きの中、漁船が加茂港に帰ってくる

【加茂青砂の設計図】「暮らしの設計図」の基本

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、99人が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

第三部「暮らしの設計図」の基本

土井敏秀】連載「加茂青砂(かもあおさ)の設計図」は、秋田県・男鹿半島西海岸の一隅「加茂青砂集落」と、男鹿半島そのものの暮らしの成り立ちを、じっくり学ぼうと始めた。第1部では、先人が残してくれた資料を読み、考えていると、いくつかの映像が目の前に、よみがえってきた。例えば「耕作放棄地」と名付けられる場所が、かつては大勢の暮らしを支えるために、耕していた場所であり、自然を介した暮らしに欠かせない田や畑だった。あるいは、およそ1300年前の蝦夷(えみし)たちの、自然の恵みを糧にした生活がなぜ、踏みにじられなければなかったのか、という問いを投げかけてきた。

さらに第2部では、80歳前後の現役漁師たちが、直球ど真ん中の「物語」を語ってくれた。この集落が代々、培ってきた信念「からっぽね病み(怠け者)でなければ、食ってだけはいける」は、屋台骨にふさわしい。加茂青砂発の「暮らしの設計図」の基本がここにある。

あぁ、日本海!男鹿半島の加茂港沿岸で漁に従事する船と、その先の水平線には北海道に向かうフェリー

この国の「正史」の1冊「日本書紀」で、東北に暮らす蝦夷たちを「人間以下の存在」という意識で見ていた差別感は、対象を代えたとしても、綿々と続いている。今年は沖縄返還から50年という節目の年だが、沖縄の新聞「琉球新報」は、5月15日付の紙面の第1面と最終面を、50年前を復刻させて同じ体裁にし、主見出しを同じ「変わらぬ基地 続く苦悩」にした。後日の紙面で「なぜ、こういう紙面にしたか」を説明している。「50年前と変わらない現状を強いメッセージとして発信する」「復帰から半世紀、沖縄が何度も基地の整理縮小や辺野古新基地反対の民意を示しても、省みない日本を『本当に祖国と呼んでいいのか』という疑問もベースにある」

国という存在が、現在もその差別感の上に成り立っているとするなら、国を支配している層の劣化がはなはだしさを増している今、国とは距離を置き、「生きている」と胸を張れる道を模索するのはどうだろう? 

日本海に沈む夕日の輝きの中、漁船が加茂港に帰ってくる
日本海に沈む夕日の輝きの中、漁船が加茂港に帰ってくる

明治時代以降に目指した近代化で、国民国家が形成された。哲学者の内山節さんは、著書「共同体の基礎理論」の中で、「国民国家とはそれまでの地域の連合体としての国家を否定し、人々を国民という個人に変え、この個人を国家システムのもとに統合管理する国家システムのことである」と説明している。自分自身を当てはめてみると、曾祖父の世代は江戸時代の「地域の連合体」で生まれ、明治の「国民国家」で死ぬ、というふたつの「国家」を生きた。国民国家・日本国は、今も現代まで続いているといったって、約160年の長さしかない。なあんだ。再び、それぞれに違う「地域の連合体」「自律的な共同体」が数多くあっても、不思議ではないんだ。

そのささやかな一例が、ここ男鹿半島で息づいている、自然と結びついた営みではないか。「生き延びる」という意思とともに、受け継いできた流れは、細々とであれ、強靭さを保ち続けてきた。最終章・第3部では、設計図の図面を、製図板に乗せ、定規を当てる。設計図に描く、1本1本の線には、加茂青砂集落、男鹿半島の1世紀を軽く超す、暮らしへの思いが、裏付けされているのだ。それを思い起こし、思い起こし、図面を引く。

そして。5月末、日本風力開発(東京)が男鹿市五里合琴川地区に、建設を計画する陸上風力発電事業が突然、公表された。出力3600~4200キロワットの風車が最大12基、その姿を現すという。着工予定は5年後の2027年。男鹿半島の景観を変えてしまうこの計画は、これから図面を引く設計図をチェックする、「姿見鏡」のように立っている。「過去と未来の暮らし」を結びつける設計図が、「現し身」かどうかを、映し出す。

エッセイ「開墾の狙いについて話そう」

男鹿市のJR男鹿駅前「チャレンジ広場マーケット」の1角で、6月4日を皮切りに、毎週土日曜日、場違いにも思える、「ささやかな言葉」を見つけられるはずです。

 

「開墾できる耕作放棄地があります」

だからなんなの?どうしたいの?すみません。具体的に説明します。

耕作放棄地は、「やる人」がいなくなって、耕すのをやめてしまった田んぼや畑を指します。この国のどこにでもあります。「放棄地」とは言っても、きのうやめたと、5年前にやめた、では、姿かたちがまるっきり違います。例えば、あすにでも苗を植えられるところと、原生林みたいに樹木が生い茂っている場所です。ですが、かつて人の手が入っていたのは確かです。

シャベルのひと掘りひと掘りをしていくと、昔の人がどのように水を引いていたか、などが分かってきます。開墾の作業を進めながら、時代を超えた会話ができるのです。

興味が沸いてきませんか?
すると、男鹿半島に今、暮らしている人たちから、さまざまな思いが聞こえてきます。

「その土地を開墾し、畑にして野菜を育てたいのかい? おう、いいねえ。好きに使っていいよ」
「今でこそ、イタドリやフジづるだらけで、土も見えないが、私がやってた頃、こんなにでかいサツマイモなんか育ててたよ」
「ここはなあ、平地が少ないだろ。段々畑にして、コメや野菜を作っていたんだ。するとな、春になれば、沖で漁してるとよ。その段々畑の菜の花で、1面が黄色の景色が広がってるんだ。きれいだったどお。菜の花でよ、菜種油を絞ってたんだ」
「……」

土地を貸してくれる人たちに会うと、話は次から次と尽きることがありません。どうです?訪ねてみませんか。

男鹿市のJR男鹿駅前の「チャレンジ広場」

この小さなスペースでは、絵本「男鹿のなまはげ」、田舎暮らしのドキュメント本「最果てピアノ」を売っています。合わせて田舎暮らしに興味がある人に、情報を提供しようと、呼びかけます。「加茂青砂の設計図」を作成するためでもあります。

マーケットに出店するのはあす4日(土)、と5日(日)が初めてです。だれも来ないかもしれません。それでも出店を続けます。ここでどんな会話が生まれたのか、具体的な開墾に結びつくのか―を報告していきます。

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