【加茂青砂の設計図】一番目の船「幸勝丸」大友幸雄さんの物語③ちょっと寄り道

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、99人が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】1970年代後半(昭和50年代前半)に、私は、福島県いわき市の支局に勤務していた。200カイリ水域規制が始まり、日本の漁船は北洋の海域から締め出され始めた時期だった。いわき市は北洋サケマス漁の基地だったこともあり、その影響が及んでいた。独航船の出港時、中学校の吹奏楽部の演奏などが参加する盛大な見送りは、姿を消し始めていた。

北洋での航行には、流氷が立ちはだかり、航路の変更を余儀なくされたこともあった。流氷の上にはトドや海鳥も乗っていた(提供写真)

それでも、夜のスナックのカラオケでは連日のように、演歌「独航船」が、何回も流れた。地獄であり、情け知らずであり、命の元手でもある、北洋で生き抜く漁師の人生を、胸をたたくよう自信たっぷりに、「どっこい」と歌い上げる。私も、マイクを握ったのを覚えている。幸雄さんも歌ったという。実体験の落差が恥ずかしい。

いわき市のスナックでは、長期航海の船に乗っている漁師たちの話をよく聞いた。「半年もオカに上がらないだろ。女の人には、すれ違いもしないわけだ。だからさ、やっと久しぶりにオカにくると、女の人が若く見えて仕方がない。80歳の人も20代に見える。ほんとだぞ。港町にはばあさんの飲み屋が多いんだ」「逆だったらどうだろ。船に乗るのは女の人ばかりで、たまにオカに上がったら、おれも若くていい男に見えるかなあ」

覚えているのは、こんなたわいもない話ばかりだが、「見る」「すれ違う」だけでも、違う世界になるのだなあ、と知らされた。いわきには、こんな詩人がいることも教えてもらった。

幸雄さんは、北洋漁業を卒業して、東京湾の人工島建設の作業船を操作する船の船長になった(提供写真)

その時代を含む昭和30〜50年代は、東京及び大都会への出稼ぎが盛んだった。地方に暮らす人間にとって二重生活は、どこかバランスを欠いていた。そのひずみを背負った詩が注目された。1972年(昭和47年)、「たいまつ社」(横手市)から出された、農民詩人草野比佐男の詩集「村の女は眠れない」。今読んでも乾いていない。

女は腕を夫に預けて眠る
女は乳房を夫に触れさせて眠る
女は腰を夫にだかせて眠る
女は夫がそばにいることで安心して眠る

夫に腕をとられないと女は眠れない
夫に乳房をゆだねないと女は眠れない
夫に腰をまもられないと女は眠れない
夫のぬくもりにつつまれないと女は眠れない
(中略)
帰ってこい 帰ってこい
村の女は眠れない
夫が遠い飯場にいる女は眠れない
女が眠れない時代は許せない
許せない時代を許す心情の退廃はいっそう許せない

次回で本文に戻ります。幸雄さんの最終回になります。(続く)

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