【加茂青砂の設計図 #2】たどり着いた村政要覧

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、99人が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】「別の生き方をしたい」という思いで、加茂青砂集落(秋田県・男鹿半島)に引っ越した。20数年になる。おこがましいのだが、自給自足の真似事でもできればいいなあ、と「半農半漁見習い」を名乗った。「書くこと」にもこだわり、身辺雑記帳をいつも手にしていた。結局、舟を高波にさらわれた、など言い訳には事欠かずに「半農半漁見習い」は挫折。臨時職員の仕事を得ながら、「なまはげの絵本」「加茂青砂集落での聞き書き」などを書いてきた。それで稼いでいるわけではない。「趣味の領域だね」。そう皮肉られ、プロには程遠い。それでもいっそう小声で「物書き」をつぶやく。「村の女は眠れない」の詩で知られるいわき市の詩人・草野比佐男が「小説家とかを名乗れるのは、作品で家を建てられる人だけ。できなければ、ただの物書きだよ」と言っていたのを、拝借した。

作品募集のコンテストはいくつもあり、応募しては落選を繰り返してきた。その度に、自分にはこれしかない、と思い切るみじめさで、心がうなだれた。50歳を過ぎ、還暦を通り越し、70歳の古希を超したというのに、どうしてやめないのだろう。なぜ書くことにこだわるのか。私が書くことにどんな意味があるのか。そんな私とは何者なのか。

この堂々巡りの末に出合えたのが、江戸時代末期のお役人・鈴木平十郎重孝さん、彼がまとめた男鹿の「村政要覧・絹篩(きぬぶるい)」である。なんと時間がかかったことか。文化財調査の専門家に「これぐらい読んでいると思っていたのに」と揶揄された。男鹿半島の歴史を知ろうとする人は、だれもが目を通しているという。恥ずかしい。図書館に行き、初めて手にした。好奇心がその「絹篩」に、気持ちよく吸い込まれていく。先人に「想像力のガソリン」をプレゼントしてもらえた、と感謝した。

江戸時代末期の村勢要覧「絹篩」(転載厳禁、個人蔵)

会いたかったなあ、重孝さん。1852年(嘉永5年)、男鹿の59村、村から分かれた支郷38地区全域を調査し、それまであった古い記録と比較、新たに付け加えたのを文書に残した。歩いて、舟に乗って、馬には乗らなかったのかな?距離を測り、地元の住民にさまざまな項目を質問した。世帯数、人口に始まり、田畑の面積、船の隻数、飼っている馬の頭数、特産品は何か、などなど。一村一村の全体像をまとめた。文書からは、先輩諸氏に「いい加減な仕事はするなよな」と言いたい思い、行政マンとしてのプライドが伝わってきて、尊敬の念が自然と沸く。

江戸時代末期の「村政要覧・絹篩」に描かれている「加茂村、青砂村」の絵図(転載厳禁、個人蔵)

住民のひとりになった気分で、思い描いてみる。丸木舟で沖に出て漁をする。臨む水平線の向こうはどうなっているか、興味津々。(集落の外を見てみたい)と、欲求は募る。田や畑を馬と一緒に耕す。隣村への通信伝達、ひいてはさらに遠くとの交易に、馬は欠かせない存在だったろう。だったら、勢いあまって集落の外に飛び出す、なんてありだよね。(とりあえず、馬で山越えしてみっか、だれにも内緒で)なんて、気持ちがはやってしまいそうだ。

安易な先走りはやめよう。確かなのは、加茂青砂は、300人が生き続けていく糧を得ていた集落―だったことである。(つづく)

エッセイ:海の中の思い出

漁業協同組合の組合員(準だけど)を返上したので、採集目的で海に入ることはできなくなった(お情け程度の漁だったけれど)。波打ち際まで徒歩3分、それでも加茂青砂(秋田県・男鹿半島)の海は、目の前に広がっている。家の窓から眺め、砂利浜を踏みしめながら散歩する。

自然と、海の中の情景が浮かぶ。なにしろ学生のころ、体育の授業でビート板を手に、平泳ぎの「カエル足」をすると、後ろに進んでしまう運動神経の持ち主である。その男が48歳で初めて、帽子付きのウエットスーツを着込み、腰には10kgほどの重しをまく。

足ひれをつけ、両手はゴム手袋。水中眼鏡をかけ、口で先の筒が空気穴になっているシュノーケルをくわえる。手で救命具用の浮袋をかかえている。浮袋には袋状の網をつけており、捕った獲物はこの網に入れる。

及び腰で恐る恐る海に入った。海に顔をつけ、シュノーケルで息をする。だれに教えてもらったわけではない。自己流である。不安が募る。庭の池みたいな小さな入り江でも、日本海の一部である。流されれば、津軽海峡を経て、太平洋まで行くかもしれないのだ。ひと息ひと息、大きく吸う。岸から10mほど離れた、小さな岩場についた。底があるものに触れ、安心する。シュノーケルと眼鏡を外し、思いっきり息を吸う。腰を下ろした。よほど緊張していたのだなあ。だれにも言えなかったけど、心の中で、ガッツポーズまでしてしまった。

ところで、獲物は? はぁっ? そうだった。ここまでの装備をし、海に入った目的は何だったのか、忘れてしまっている。泳ぐだけが目的の体育の授業ではないのだ。足ひれをつけただけなのに「ひと足ひと足」で前に進む距離が全然違う、とてもスムーズ―なんて喜んでいる場合か。このコラムのタイトルの世界に入れないではないか。すみません。次号に続く。

「素潜り漁」(大漁ではないけれど)を終え、こんな格好で歩いてもいたのです。あぁ恥ずかしい

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