【加茂青砂の設計図】男鹿里山6人男㊥「ともに生きる世界」がある

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】「男鹿の里山と生きる会」のメンバーに尋ねた質問の一つに、「『男は一生に一度、ひとりで水平線に向かって漕ぎ出さなければならない』。これを聞いて、どう思うか」がある(私が30代の会社員のころ、青森県下北半島のむつ支局に勤務していた際、同じ世代の「転職漁師」が口にしたセリフで、単純にカッコいい、と感じていた。会社を辞めて、実行したいことの一つだった)。佐藤毅さんの答えは「自営業を始めたときは、そうだったんだろうな。でも最近は、ひとりでと、いうのはあまり考えなくなった」

これを聞いて、深く納得した。毅さんの周り、「里山と生きる会」の周りには、同じ情景の前で、幸せになる人たちがたくさんいる。田んぼの中で、仰向けになってはしゃいでいる幼子の写真は、その象徴ではないか。幸せいっぱいの笑顔、それを見守る年上の子、写真には写っていないけれども、温かなまなざしを注いでいるだろう大人たち、泥だらけなんか気にしない、跳ねる水音、山で鳴き交わす鳥たち、あぁ空の青さよ……。何げない日々を育む、男鹿半島の自然に守られている暮らしは、風力発電所建設計画が明らかになろうがなるまいが、「里山の会」に集まる人たちにとって、すでに確固たる「共同体」になっていた。

哲学者内山節さんが「共同体の基礎理論」の中で、こう述べている。「……共同体と呼ぶにはひとつの条件があることは確かである。それはそこに、ともに生きる世界があると感じられることだ。だから単なる利害の結びつきは共同体にはならない。群れてはいても、ともに生きようとは感じられない世界は共同体ではないだろう」。幼子の写真が伝えてくれるのは「ともに生きる世界」そのものだろう。

どろどろの田んぼで、幼子が仰向けに寝転んで、はしゃいでいる。初めて見ても、なんて幸せな光景だろう、と伝わってくる(男鹿市五里合琴川)

会のメンバーで男鹿で生まれ育った、100年後も着られる服をデザイン、制作販売する、船木一人さん、精肉店4代目の福島智哉さんの2人は2015年、かつて男鹿市の繁華街だった船川地区に、賑わいを取り戻せたら、と「ひのめ市」を開き、コーヒー焙煎会社オーナー毅さんは、途中から加わった。呼びかければ、食べ物、雑貨類などの出店を開いてくれるつながりを、それまでに県内外に作っていた。以来、年に1回は開いてきたが、コロナ禍で2020年から2年間は休んでいる。2016年からは、「市の縮小版」ひのめ商店も、こちらは月に1回、店開きしている。

2018年には、「オーガニック」と「男鹿に行く」をかけた「オガニック農業推進協議会」を組織した。自然ももちろん、共同体の一員だから「農業推進」である。さらに2年後の2020年初夏には、船川地区の空きビルを活用したTOMOSU CAFE(トモスカフェ)をオープンした。いくつもある空きビルの一つを、リノベーションしたに過ぎないかもしれない。ささやかだが、自分たちの精いっぱいの力を積み重ねて、できた。主に若い人たちのたまり場としての役割も担った。閉じられてはいない。オープンである。

空きビルを活用した喫茶店「トモスカフェ」。コーヒーを飲んで出会う、アルバイトで働いて出会う。出会うのは、誰かの手を借りながらも、「自分で切り開いていく人生」(男鹿市船川港船川)

ほかのメンバーの3人は、こういった活動にも触れて、「先輩」に出会い、男鹿に引っ越してきた。フリーランスで翻訳の仕事をしながら、フードトラックの店主でもある大橋修吾さん、学生時代から男鹿に住み始め、2人で合同会社「秋田里山デザイン」を運営している大西克直さんと保坂君夏さん。克直さんは、コーヒー豆の生産地から客に提供するまでをこだわった「里山コーヒー」の焙煎、販売、君夏さんはコーヒーにもかかわりながら、田や畑を耕して「自然への負荷を低減した」農業に、主力を注いでいる。

修吾さんは、「男鹿に暮らし続けたい理由」を、「価値観が合い、後を追い学びたい先輩がいる。目指す先の等しい仲間は今、男鹿にしかいない。心地よいコミュニティ」であることを上げる。克直さんも「仲間がいる」が大きな要因だという。その上で「ナマハゲをやって地域に受け入れてもらったり、隣家のおじいちゃんと話をしたりするのは、とても楽しい。地域の文化や自然に触れることで、地域に溶け込んでいる感覚がある」と続ける。君夏さんは「やりたいことを形にさせてくれる先輩方や仲間、地域の方々への恩返しがしたい。その表現の一つとして、男鹿で農に携わることを選んだ」と強調した。

だれもが、「ともにいる」大地の上で、まぶしいほどに、まっすぐである。(つづく)

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