【加茂青砂の設計図】あすは耕作放棄地を耕す、「みんなの畑」の鍬入れ

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

【土井敏秀(もの書き)】秋田魁新報に、「耕作放棄地を開墾する体験教室を開きます」と、参加者募集の記事を載せてもらうなど、「農」に興味を持つ人が手を上げてくれるのを待った。開墾対象地は秋田県・男鹿半島西海岸の一隅・加茂青砂集落。集落の楽しさをアピールする「盆祭」を8月12日に開き、会場で4人の申し込みを受け付けた。さらにどんな人が来るのか、本当に参加してくれるのかどうか、とワクワクしながら待つ。何しろ初めての試みである。すると希望者はひとり、またひとりと、本当にゆっくりとやって来た。募集手続きの途中で気がついた。男1人、女8人という経過もあり、女性ばかりではないか、と。興味を惹かれた。なぜだろう?募集は5日で締め切ったが、参加者は14人(男5、女9)となった。これが多いのかどうかは判断できないが、教室がにぎやかになりそうで嬉しい。女性が倍近い。なぜだろう?の思いが続く。その理由を探りたくなった。「開墾といったら重労働だぞ。女性と結びつきにくい」ではないか。

「(女性が)多いだろうことはイメージしてました」。体験教室の講師を務める「境界なき土起こし団」代表齊藤洋晃さんの感想に、拍子抜けしてしまった。簡単に言い切るのである。「新しいことへの挑戦、何かを切り開く取り組みに、ノリノリで参加してくるのは近年、女性が主になっている気がします。開墾には『農・食・環境』が結びついているので、すぐ描いたイメージは『こりゃあ絶対女性ばかりが来るぞ』」

30年も前から「農業体験希望者」を受け入れている大仙市大沢郷の「秋田百姓村」佐々木義実さんも「昔から女の人が多いですよ」という。最初は田植え、稲刈り体験だが、以来ふらっと来て、その時やっている農作業、牧草の収穫や用水路の泥上げなどを手伝ってもらう。「何をするか」ではなく、農業周辺の環境の中に身を置くだけでいいらしい。元気になって戻っていく。「女の人の方が食に関心があって『この野菜、どうやって育ってるんだろう?』『この田んぼ、どういう人が作っているのだろう?』と知りたくなるんじゃないかな」。

JR男鹿駅前で開かれたフリーマーケットで、教室参加を呼びかけたがさっぱり。ほとんど関心を持たれなかったのに、ふたを開ければ、参加者は14人。今までどこにいたのだろう?

秋田県「あきた未来創造部」で、県内各地の「元気ムラ」を取材している柳館美佳子さんは、その体験から「どこの地域を回っていてもそうですが、元気なところは女性が活躍しています。思い立ったらすぐに行動に移せるんです」と実感している。当たり前に付け加えた。「食の安全性の意識が高いですから、自分の手で耕し栽培し収穫をしたい。教えてくれる人がいたら遠くでも行きますよ」

そうか。どうして女の人が……?と疑問を持ったこと自体がどうやら、「今を生きているひと」を、とらえていないみたいなのだ。「TOHOKU360」の編集長安藤歩美さんは、「女性の参加が多いことに驚かない」理由として「こうした体験イベントに積極的に参加したり、交流したりする女性は多い印象です。自然に触れられる豊かで、新鮮な経験としてとらえている人が多いのでは」と分析する。

男が、女がという分類で物事を考えることそのものは、いずれ「男らしさ」「女らしさ」という、使われなくなった発想法につながる。まずい。無意味なことを考えるところだった。秋田魁新報男鹿支局長の藤田祥子さんも驚かない1人。「もしあえて男女で区別するとしたら」とわざわざ前置きして「女性は何かの物語に、自分も携わりたい願望が強いのかなあとは思います。社会の中では、重要な役割が比較的求められませんからね」

集落の家々の背に広がる里山に「開墾をすすめる」Tシャツがよく似合う

齊藤さんは開墾した地を「みんなの畑」にしたいという。なぜ、みんなか。

まず「好き勝手に使っていいよ」と言ってくれている、加茂青砂集落の土地所有者がいる。教室を開く前に草刈りをした人たちもいる。教室の授業が始まれば、刈った草を入れる穴を、掘り始める人がいる。地を這うイタドリの地下茎を、引っ張り出す。堆肥用の米ぬかを運ぶ。発酵役割を担う野生の酵母はどこだ? 一つ一つの作業を確認すれば、それは誰かの仕事であり、みんなの仕事でもある。だから「みんなの畑」になる。

これからは、ここで初めて出会ったひとり、ひとりが、「みんな」で考える。誰かが何かをしようとしたら、ほかの誰かが手伝う。そのなかで、「私たちは何者か」を知ろうとするのだろう。種を蒔き、若葉の生長に目を細め、海風ってちょっと粘りつくんじゃない?と気づいたり、キジは教科書通りに「ケーン、ケーン」と鳴かなくて、そういえばヒグラシが夜明け前に大合唱してたなあ、と思い出したり、開墾地のはじっこから水平線を望み、このまま海にダイビングって、ありかなあ、と想像して笑ってみたり、掘ったところからイモムシを見つけて、「害虫の命」と向き合ったり、収穫する寸前、カラスやタヌキに食べられていたり。自然とのかかわりはあるけれど、そこには、ひととひとの境界がない。同じことをしている。かつて耕作した痕跡を発見すれば、時間の境界もなくなる。似たようなことをしている。

「さあ行くよ」。あすは開墾初日を迎える。

これまでの連載

*TOHOKU360で東北のニュースをフォローしよう
X(twitter)instagramfacebook

>TOHOKU360とは?

TOHOKU360とは?

TOHOKU360は、東北のいまをみんなで伝える住民参加型ニュースサイトです。東北6県各地に住む住民たちが自分の住む地域からニュースを発掘し、全国へ、世界へと発信します。

CTR IMG