- 2020年7月17日
【仙台ジャズノート】コロナとジャズ(2)ロックダウン乗り越え「未来のオト」へ 作編曲家でピアニスト秩父英里さんに聞く
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】秩父さんは高校3年のときに仙台で東日本大震災(2011年3月11日)を経験。東北大学教育学部に進み、臨床心理学を専攻しました。東北大のジャズ研で演奏活動する一方、大学院に進むことが決まりましたが、卒業直前に参加 […]
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】秩父さんは高校3年のときに仙台で東日本大震災(2011年3月11日)を経験。東北大学教育学部に進み、臨床心理学を専攻しました。東北大のジャズ研で演奏活動する一方、大学院に進むことが決まりましたが、卒業直前に参加 […]
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】新型コロナウイルスの感染拡大を懸念する空気が支配的になって以来、ジャズの現場はほとんど動かなくなりました。コンサートやライブの中止が相次いだ結果、演奏者と聴き手の間には思わぬ断層が生まれ、演奏者同士のコラボ空間 […]
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】ジャズ音楽に関する知識はレコードやラジオ番組を通して得る以外にない時代だった。当時、日本中にあったジャズ喫茶で何時間も粘り、そこでかけられるレコードを聴くのが、最も経済的な修業だった。仙台市内にも数件のジャズ喫 […]
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】クラウンで雇ってくれたのは「TALK NOISE(トークノイズ)」というバンドだった。バンド名は和製英語だろうが、「音楽はノイズだ」的に受け取れば、何となく洒落た感じがなくもない。少人数の編成によるジャズバンド […]
【佐藤和文(仙台市)】新型コロナウイルスによってもたらされた重苦しいムードを吹き飛ばそうと、街に満ちている音に触発された新しいジャズ音楽を世界に発信する試みが仙台市で進んでいます。米ボストンにあるバークリー音楽大学を首席で卒業した作曲家でピアニストの […]
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】在籍していた大学は、いわゆる70年安保の喧騒を何とか乗り越え、残り火のようなテーマが何やかや、ある時期だった。入学してすぐ、授業をできる状態にはないことが分かった。太平洋戦争後、駐留した米軍の馬小屋だったという […]
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】「おい、お前、来週火曜の夕方まで、一番町にあるアルサロ『ABC』に行け。そこのバンドに紹介しておいたから」 地元の大学の軽音楽部に属していたロックバンドのドラム見習いは突然、1年上の先輩ドラマーに言い渡された。 […]
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】「『クラウン』」といえば仙台でも高級な店として知られていました。わたしには行くことができないキャバレーでしたが、近所にクラウンのナンバーワンだという人が住んでいました。下着までクリーニングに出すという話が聞こえ […]
【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】PART2「現場を見る」で、身近なジャズの現場を取材しているうちに、いわゆる団塊の世代前後の人たちがジャズ音楽の現場に立ち続けている姿に触れることができました。音楽的な志向や年齢、職業など、生活背景もさまざまな […]
【佐藤和文=メディアプロジェクト仙台】プロのトランペット奏者沢野源裕さん(49)=仙台出身=に話をうかがいました。3回に分けてお届けしてきたインタビュー、最終回です。 -個人的な話で恐縮ですが、学生時代から自己流で続けてきたドラムに加え、60過ぎてか […]