【寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】「金山」の世界遺産登録(2024年7月)で沸いた新潟県の佐渡。観光だけでなく、今、多彩な人々が島の文化と歴史にひかれて集う。その「場」をつくるのが、24年9月に創刊された郷土文化誌「Ikki」(溟北舎)。佐渡が生んだ異才の思想家・北一輝の名や、農民一揆の歴史、島の芸能・鬼太鼓(おんでこ)などに根付く民衆のエネルギーを名に込めた。創刊したのは新潟市出身の元雑誌編集者、本間大樹(たいき)さん(61)。「情報が管理された」東京を離れ、新たな取材地となった佐渡の奥深い歴史・文化と受け継ぐ人々、北一輝と縁のつながる自らのルーツなど、さまざまな発見と出会いから、佐渡発の地域雑誌づくりを志した。「金山だけはない佐渡の魅力を掘り起こし、発信したい」と語る。東北からの視点を携えて取材に訪ねた。
「佐渡愛」ある人が満ちる郷土文化誌
宮城県名取市の自宅に届いた『Ikki』の真新しい創刊号を筆者は手にした。「佐渡をまるごと知る新時代の郷土文化誌」を掲げた真新しい表紙をめくると、112ページに詰まった題材の豊富さ、登場人物の多彩さに驚いた。地元伝来の海産物の肥料でコメを作る人、沖縄出身の作家佐藤優と佐渡を語る対談、佐渡の新聞・出版文化の脈々たる歴史、「芸能の島」と呼ばれる佐渡で120もの集落で演じられる「鬼太鼓(おんでこ)」のルポ、金山を開発した初代佐渡奉行・大久保長安の知られざる真実、連載「島の古老に訊け!」、島外で活躍する佐渡人、島の成り立ちを解読するジオストーリー…。
それだけではない。「島に関わる人たちによる、佐渡の文化と歴史、民俗と生活を知るページ」と題する寄稿・投稿集があり、佐渡発祥の革新的なイカ釣り漁、集落ごとの「まち歩きガイドブック」作り活動、人口減への高校の取り組み、トキに代表される「ローカルSDG’Sの島」の可能性…など、奥深い世界を掘り起こす。
それは途方もない「佐渡愛」に満ちる。登場するどの人も、編集した人も。大きなニュースになった金山の世界遺産登録もほんの小さな出来事に思えるほど、新鮮な発見に満ちている―。読み通しての感想だ。同じく地域で生きる当事者の声を伝える活動をするローカルジャーナリストとして、編集者への取材を思い立った。
仙台~新潟を結ぶトキエアの旅客機に乗って約40分、新潟港からジェットフォイル(水中翼船)で約1時間、佐渡の両津を訪ねたのは11月半ばの昼過ぎだった。『Ikki』編集人の本間大樹さんと会ったのは、両津港から近いカフェ。「鬼太鼓」の手彫りの鬼の面が飾られ、実際の映像が流されていた。鬼太鼓は五穀豊穣、無病息災を祈り、笛太鼓とともに鬼たちが一軒一軒を門付けして勇壮に舞う。人口約5万人の島内で五つの流派が、約120もの集落の祭りで継承されているという。
「鬼太鼓だけでなく佐渡には能舞台が昔660もあって、現在も30余りあります」と本間さんは語った。佐渡の能は室町時代の大成者、世阿弥が島に流された歴史に始まり、江戸初期に大久保長安が楽師一座を引き連れ来島、村々に広まったという。
思想家・北一輝につながる縁と出会い
本間さんにとって佐渡は、両親が生まれた第二の故郷だ。東京の出版社で雑誌編集の仕事をし、新潟に戻ったのが2012年。父親が独居になったことが契機だが、もはや「ネット環境があれば、どこでも原稿を書ける」時代であること、また前年の福島第一原発事故の影響もあったという。「新潟には福島から大勢の人が避難してきたが、東京と新潟で情報が違っていた。東京の情報は管理されていると感じた。ものすごい数の人はいるのに声が聞こえない。無声状態に思え、東京にとどまって仕事をすることが無意味に思えた」。帰郷してから地元紙・新潟日報などと仕事をしながら、自ら地方発の雑誌を出す夢を温めていたという。佐渡との不思議な縁をつないだのが思想家・北一輝=1883(明治16)年~1937(昭和12)年=だった。
北は島の造り酒屋の御曹司として育った少年期、天才と謳われ、当時の「佐渡新聞」に国民と皇室の関係史を客観的に読み解く論評を書き、対抗紙から「不敬だ」と攻撃された。北は上京し後年、貴族や大企業、大地主制などを廃し天皇と国民をつなげる国家改造を提唱する『日本改造法案大綱』を世に出し、二・二六事件=1936(昭和11)年=に思想的影響を与えたとして軍部から処刑される。地元では、一人の「佐渡人」として異才がどうはぐくまれたか―を掘り起こす動きが盛んだ。
本間さんは佐渡の取材で郷土史研究家・渡辺和弘さん(77)=『佐渡人名録』作者=と話した折、「あなたは北一輝と家族史でつながりがある」と教えられた。北には松永テルという相思相愛の幼なじみがいた。が、生家の没落、右目の宿病の悪化、新聞寄稿をめぐる騒ぎも重なり、テルは北海道余市の実業家に嫁がされる。北の人生に影を引く悲恋だったが、テルの弟の妻となったのが、本間さんの曽祖父の妹という。「北は恋愛詩も新聞に投稿し、魅力的な『人間』の素顔に出会えた」
島の文化の担い手を集わせる「場」
北の成長を取り巻く人々も、幕末の学問所が輩出した円山溟北(めいほく)ら高名な学者、教え子の自由民権運動家、新聞に集う言論人ら多彩だ。「彼らが培った深い文化の土壌、環境から北も生まれてきた」と本間さんは語る。「ただ、『Ikki』は北一輝をのみ象徴する題号ではありません。佐渡には奉行所の役人を切腹させるほどの力強い農民一揆の歴史があり、『一気呵成』というエネルギッシュな響きもある」。創刊号の多彩さが示す通り、佐渡の歴史風土の遺産や新聞・出版の系譜、地域の文化の受け継ぎ、その新旧の担い手や応援者を集わせる「場」だという。
また、47年間続いた地域誌『佐渡郷土文化』の高名な編集者・山本修巳さんの(23年2月に他界)から出版文化の灯を受け継ぐという運命にも巡り合った。
北一輝の生家が両津の湊本町通りの昔ながらの商店街に残る。幕末~明治期の町屋造りで、その2階は北の少年時代の部屋だったという。戦後、かまぼこの製造販売店になり、持ち主が高齢になって手離す状況になった22年の夏に、埼玉県熊谷市の会社社長・松澤顕治さん(61)が私財で譲り受けた。松澤さんは、北一輝研究者の歴史家・松本健一氏(故人)と親交を結んで学び、佐渡に通い、松本氏が書籍化した北の遺作『霊告日記』(佐渡博物館所蔵)の原本の修復保存にも寄与した。
松澤さんは、失われようとした生家の保存に使命を感じたという。生家には、中に冷蔵庫や工場が設けられるなど改造が加えられていた。地元の有志にも呼び掛け、できる限り忠実に復往時の姿に戻したい」と語る。『Ikki』創刊号でも「北一輝の生家活用ストーリー」と題し、思いを読者に伝える特別連載の寄稿を始めた。
今回の佐渡訪問取材で、松澤さん、その志に共鳴する本間さん、渡辺さんと一緒に北の生家を訪ねた。黒地に白の看板を通りに面して掲げる。「必要な資金を募って、ゆくゆくは資料館にしたい。北がどういう人だったか、彼の時代と後世に何を伝えたかったのか、今の人たちに考えてもらえる場所にしたい」と、佐渡内外での「北一輝」像の再評価、新たな発信に意欲を燃やす。
「変わらない」新しさ~東北から学ぶもの
本間さんらと佐渡南端の宿根木(しゅくねぎ)集落も訪ねた。江戸時代の海の物流を担った北前船の港として栄え、船大工が造った板壁の家々が100棟余りも連なり(国重要伝統的建造物群保存地区)、古い歴史景観を数多く残す佐渡の名所だ。「たらい船」でも知られる地元には旧小学校校舎を生かした「佐渡国民小木俗博物館」があり、全長24メートルの堂々たる北前船「白山丸」が展示されている。江戸期の設計図から復元された千石船で、北回り航路で東北の港々とも結ばれていた。
佐渡と東北のつながりは、北前船ばかりではない。筆者の取材は、二・二六事件を題材に21年に刊行した拙著『二・二六事件 引き裂かれた刻を越えて 青年将校・対馬勝雄と妹たま』 (ヘウレーカ)がきっかけで、主人公の青森出身の青年将校対馬勝雄(銃殺刑)と北一輝との接点から、松澤さん、本間さん、渡辺さんと縁が生まれ、有志の方々が集っての講演の場も設けてもらった=参照記事 東北にとっての「二・二六事件」を掘る 津軽の兄妹の物語を取材して① | TOHOKU360、東北にとっての「二・二六事件」を掘る 津軽の兄妹の物語を取材して② | TOHOKU360=。
本稿で紹介した鬼太鼓は、佐渡を根城に世界で活動する太鼓集団「鼓童」の精神的ルーツで、また地方で「限界集落」が増え伝統芸能が消えるく中、多くの集落に生き続ける。高齢化で担い手が途切れた鬼太鼓が、新たに定住した若者たちの参加で12年ぶりに復活した集落を、本間さんは『Ikki』創刊号で紹介した。絶滅から復活した鳥・トキが営巣し、えさ場とする田園では環境保護の農業が共有され、多くの集落の風景そのものも「変わらない」ことの新しさ、かけがえなさを教える。それが魅力となって移住者、観光客が訪れる佐渡の生き方から、東北から学ぶものが多いと感じた。本間さんも、歴史や風土、文化で通じる東北との人のつながりを深めていきたいという。
佐渡発のローカルジャーナリズム宣言
「佐渡に関しての専門知識もなければ、お金も人脈もない。何もないところからのスタート。ただし、取材を通じて佐渡の奥深さを知り、素晴らしい人たちに出会う。その新鮮な驚きや喜びを素直に紙面に出す」、「中央からの一方的な情報発信時代は終わりました。これからは地域独自の情報を、独自のスタイルで発信する時代です。大きな話ではなく目の前のリアリティを大事にしたい」―。本間さんが『Ikki』創刊号の巻頭に掲げた、佐渡発のローカルジャーナリズム宣言だ。 新年が明けて休む間もなく、次号への取材を始めている。
◇『Ikki』創刊号は1500円。注文はウェブサイトから=「Ikki」について | 溟北舎=。次号発売は2025年夏ごろの予定で、特集は「命を投げ出して佐渡を救った義民たち」、「生物多様性の島=佐渡の自然と農を考える」、「世阿弥の佐渡」。
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