【加茂青砂の設計図(完)】どこまでも続く空が広がっている

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

【土井敏秀(もの書き)】「かっちゃん」という女の子がリーダーらしく、テキパキと話を進めた。「ここはちょうど、100年前ですね。地図に2人の顔が出てきたってことは、ここで降りろ、って言われたみたい。早くこの2人のことを知りたいです。助けてほしいから出てきたの? 違うよね。笑ってるんだから。分かんないなあ」

「そうか。君たちが100年後の未来の子供たちかあ。よく来たね、ありがとう。膜があるから同じ空気を吸ってるわけじゃないみたいだけど。とにかく閻魔大王と奪衣婆の説明をするよ。『人は死んだらどうなるのか』。みんな考えるよね。昔からずっと誰もが考え、さまざまな結論を出した。その一つの例が、死んだ後の世界がある、ということだった。脳も心臓も、ほかの臓器とかも全部止まっちゃうわけだから、後は腐って無くなるだけ、何も残らないはずだよね。でもなんか物足りない。目には見えない何か、それを魂と呼んだりするけど、それがあるとすると、死んでも、物語はまだ続く。人間はさあ、いいことばかりするのではないし、悪いことばかりで一生を終えるのでもない。だけど死んだ後にみんなが同じ世界に行く、ということだとおかしいんじゃないか、という発想が生まれた。いい人には、なにも恐れることのない、楽しいだけの天国が用意され、悪いことをした人には、苦痛と試練ばかりを強要される地獄が待っている―という理屈が続いた。その天国と地獄の分かれ道にいて、死者がそのどちらに行くのか、を判定するのが閻魔大王。いいことも悪いことも体に染みついていて重さがある。裸にして判定することで、正確に判定できる。それで服を脱がすのが、妻の奪衣婆というわけだ」

100年後の子供たちが手にした加茂青砂集落の地図。閻魔大王と奪衣婆が見たこともない表情で、子供たちを招いているのは、なぜなのか?
イラスト・廣島丈嗣 

「ここまでいいかい?」。みんなを見渡すと、男の子が一人、確か「おっくん」がを上げた。「そんな大事なことって、人間全体のことでしょう。それを決める2人がどうして、このムラにいるわけ?」

鋭いところをついてきた。「閻魔大王と奪衣婆は、ここにいる2人だけじゃないんだ。同じ存在はムラごとにいる。何百万、何千万といる。クローンといってもいい。だからこのムラにいる2人も、全部の情報が同時に共有できる。どこでどんな問題に直面しているか、天国に送るべきか、地獄がいいか、と悩んでいるムラがたくさんあるんだよ。このムラの閻魔大王と奪衣婆は、かなり楽みたいだ。いつの時代も、暮らしの基本が変わっていないから、とがめだてすることがないらしい」

「こういうとこ、珍しいんだよ」。おっくんが急に大きな声を出した。「問題なのは、ムラが何とかシティーとかに、変わったりしたところ。自然との関係がうまくいかなかったり、世代ごとに価値観が変わったりして、タイムマシンの操作も難しいらしい。まっすぐな道じゃないから、事故も多いんだって」。驚いた。「おっくんはよく知ってるね」。みんなはそろって自慢げに話す。「おっくんはいっつも図書館にこもって、いっぱい勉強してるんだ」

おっくんは自分の推理を披露する。「こういうムラはなぜ珍しいのか? その答えはもう出ているよね。だってぼくらは、どこにもぶつからず、まっすぐこの時代に来れた。たぶんほかでは、同じ暮らしを続けたりはしていないんだよね。新しいこと、もっと便利にして楽になることに一生懸命だったんじゃないかな。それで、変わり続けた」

「なのに、加茂青砂だけは変わっていない」。あーしゃんが弾んだ声を上げた。続けて「だから、閻魔大王と奪衣婆は楽できたんだ」。みんなが一斉に頷いた。かっちゃんが考え込んだ。「その2人は、地図に顔を出して、私たちを呼び止めた。伝えたいことがあって。そこまでは分かった」。「だったらさあ」ともっさん。「地図で2人の顔が出ていた場所に行けば、なんか分かるんじゃね?」。「そうだ、じいちゃん、そこに案内して!」

閻魔大王と奪衣婆が笑顔の絵は、地図の「カンカネ洞」近くに並んでいた。集落は端から端まで約1キロ。この図書館から「カンカネ洞」までは、500㍍に満たない。じいちゃんを先頭にみんなで歩いて行った。「やっぱりだね。全然変わっていない」。かっちゃんが言う通り、100年後も同じように4カ所に穴が開いている洞穴らしい。江戸時代の昔とも違いがない。日本列島が大陸から離れた7000万年前以来、このままなのかもしれない。おっくんが考察した。「これってすごいことだよね。地球が変わる必要がないと判断し、この集落の人はそれを守ったわけだから」。誰もが納得した。洞窟内にメッセージがないかどうか、をみんなで探した。中を奥へと進む。天井が下がってきたみたいに、窮屈になっていく。砂利を踏みしめる。うっすらと、行き止まりだと分かった。何も見つからない。

おっくんは推理力を働かせる。「そうだよ。何もないんだ。天井に開いている穴から見えるのは、どこまでも続く空なんだ。ぼくらが踏みしめているのは砂利。この下にも何もない。あの2人は、死んだ人を判定するのは、おかしいと分かったんじゃないかな。だって天国も地獄もないんだもの。ぼくらをここに来させた理由は、それを気づかせるため、どうお?」「みんなどう思う?」。今まで黙っていたサッチモが、目を輝かせて、みんなに尋ねた。

江戸時代末の男鹿半島の村勢要覧「絹篩」(きぬぶるい)に掲載されている加茂青砂集落。当時は「加茂村」と「青砂村」に分かれていた(秋田県指定文化財)

「じいちゃんは、これですっきりした」「私も」「僕も」

「でしょ、でしょ。音楽のクラシックの授業で聞いたじゃない? ビートルズのイマジン。あれだよ」

カンカネ洞を後にして、みんなで合唱した。

「Imagine there’s no Heaven It’s easy if you try No Hell below us Above us only sky Imagine all the people Living for today……」                                                                                      

図書館に戻ると、子供たちにあてた手紙が届いていた。あの2人からだった。

「私らの思いは届いただろうか。加茂青砂の子供たちだから、分かってもらえたと信じてるよ。不老不死の存在と言われ続けてきたが、さすがに疲れた。人を振り分けるなんて、もうやめたんだ。このムラの人たちにもう、そんなことする必要ないしな。君たちのお陰で、100年後も変わりないと納得できた。だから今、お別れできる。ありがとう。

元・閻魔大王 奪衣婆
2023年12月7日
未来の子供たちへ

追伸 あしたの図書館開館祝賀パーティーで演奏するんだろう? 知ってたぞ。君たちはそのために時代を超えてきたんだ。だから引退を、晴れの日に便乗したってわけさ。おめでとう。私らも、どこかでちゃんと聞いてるよ。ありがとう」

(連載「加茂青砂の設計図」完)

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