【加茂青砂の設計図】「I♥KAMOAOSA」お揃いのふたりが教えてくれたこと

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

【土井敏秀(もの書き)】秋田県・男鹿半島西海岸にある加茂青砂集落で、地域コミュニティーのありようを調査研究している、同県立大学アグリビジネス学科地域ビジネス革新プロジェクトの一行(15人)は「夏合宿」の企画として、これまでの協力のお礼を兼ねた、地元住民との交流会を開いた。この中で同じ黄色のポロシャツを着ている2人が目を引いた。元老人クラブ会長の現役漁師大友幸雄さん(87)と大学准教授の酒井徹さん(56)である。胸元には「I♥KAMOAOSA」とある。「私は加茂青砂が大好き」という意味か。背中には大きく、「KAMO―LIVE 2009」。14年前の2009年(平成21年)に、どんなイベントが開かれたのか。大友さんと酒井さんの、お揃い姿で14年前がぽっかり、姿を現した。

大友幸雄さん㊧と酒井徹さんの黄色いポロシャツが、14年前の集落と大学との交流会を連れてきた

惜しかった。わが家のタンスの中にも、このポロシャツがあるのだ。3人目になり損ねた。もちろん、着てくることに思いが至らなかったバサマたち(元老人クラブ会員)も、悔しがった。加茂ライブの主役が、県立大学の学生と加茂青砂の「バサマ11人衆」だったからである(その11人も今は5人になったが)

加茂ライブは2008~2010年の3年間行われた。お揃いのシャツは2種類。黄色のポロシャツと黒いTシャツ。地域の運動会、秋田県内の地域おこし活動に取り組むグループが一堂に会するイベントなどに、同じシャツで行くことは、「加茂青砂」を着ていくようなものだった。「今回はどっちで行くか」を打合せして。みんな誇らしげだったのを覚えている。大友幸雄さんは、学生との交流会で悔しがるバサマに、こう胸を張る。「こんな機会に着ないでどうする」と。気持ちの上では「晴れ着」なのだ。

「楽しかったなあ。あんな面白いこと、そうはない」とバサマたちにも、強い印象で残っている。14年前だから、今84歳の人は70歳、74歳は60歳だった。参加した学生をテキパキと指示するくらい、十分に若かった。会場は集落近くのリゾートホテル「きららか」のキャンプ場。ポロシャツの背中に記してあった「D.I.Y」通りに、自分たちで料理を作り、一緒に踊りの輪を繰り広げた。

同じ交流会でも、集落の人にとって14年間は「はしゃぐ楽しさ」を「招待される、穏やかな楽しさ」に変えていた。以前は、マチバの子が田舎暮らしを、ただ経験するだけでよかった。理屈も理由づけもいらないように見えた。それは集落の人にとっても同じだった。何かを伝えなくてはいけない、といった理由はいらなかった。体が思い通りに動くので、孫にはっぱをかけるようなものである。14年後は「お客さん」の立場になっていた。

バサマたちはよく働いていた。朝食もふるまっていたんだ。ただ食べるだけでいいのか、学生諸君(冊子・加茂ライブ記録集から)

住民の聞き取り調査で、集落の今後が見えてきたことがある。何かがあった時に頼りにしているのはだれか―という質問の答えは、住んでいる自治体が違っても、ほとんどが家族だった。葬式は葬祭センターで行い、集落内にある墓への納骨も、身内で済ませるのが普通になっている。大晦日のなまはげ、お盆の盆踊りと言った行事も行わなくなって久しい。地域ビジネス革新プロジェクトの重岡徹教授は、全国各地の例から見ても「コミュニティーとして、危機的状況にある」と分析する。

となると、どんなイベント、調査研究でも、集落の外から人が入って交流するのは、集落の成り立ちを支えていることにならないか。でもそこには「なぜ加茂青砂なのか」の答えがなければならない。

私にはある。尊敬する人たちが暮らしている集落だからである。10年、20年とは言わない。あと数年で集落の様相は変わるだろう。ここ数年毎年、亡くなった人を指折り数えてきた。それがこれからも続いて……。私自身、その中に入るかもしれない。誰もが覚悟している。それを胸にお互いに漁を助け合い、ひとり暮らしのバサマたちは毎日、順番で誰かの家に集まり「お茶会」を楽しんでいる。「午前中にたわいもないおしゃべりをしてから、家に帰ってお昼を食べる。あぁきょうも、あと夕食を食べれば寝るだけだ、と思えるの。ほっとする。寂しくないよ」。集落はこんなささやかな形で機能している。

この地での「不便」という言葉の使い方は「不便なだけだよ」。欠点のひとつにすぎない。不便を笑い飛ばす力を蓄えている。「不便で困る」「不便で大変だ」と嘆かないのである。学生たちに1つ、質問を投げかけた。「仮に加茂青砂に暮らすとなったら、どんな生活になると思いますか」

加茂青砂の観光スポット・カンカネ洞の足場の問題をチェック

「車で集落外の職場へ行く。船舶免許を取って船を動かしたい」
「自然豊かで景観が美しいところに住みたいので、加茂青砂は卒業後の選択肢のひとつです。職場から離れたところでも、パソコン一つでできる仕事を見つけたいです」
「ほかのマチで仕事をするが、地域の人と関わっていきたい。自治会などで力になれることを協力していく」

この春、プロジェクトの3年生7人が田植えの手伝いに行くのに同行した。昼食時に感心した。みんなが少なくともおかずを一品、多い人なら3品を、みんなで食べるために手作りしてきた。質問に答えたのは、そんな学生たちである。

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