【東京国際映画祭2021】グランプリに「ヴェラは海の夢を見る」コソボの男性中心社会に迫る

カンヌ国際映画祭をはじめ世界の主要映画祭の現場を取材し、TOHOKU360にも各国の映画祭のリポートを寄せてくれている映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さん。今年の東京国際映画祭の作品を振り返ります。

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齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)】11月8日午後、TOHOシネマズ日比谷でクロージングセレモニーが行われ、以下のような賞が発表になりました。

東京グランプリの『ヴェラは海の夢を見る』は、田舎の家を処分した金で夫と海辺で過ごすことを夢見る妻が、夫の急死によって家の相続をめぐって夫の家族と対立することになるというストーリー。手話通訳をしている妻と演劇の道に進んだ娘の母娘を通して、コソボの男性中心社会をあぶりだしていきます。これが初監督作品とは思えない緻密な構成で、見応えがありました。

東京グランプリを受賞した『ヴェラは海の夢を見る』の1シーン

審査員特別賞の『市民』は、何者かに誘拐されてしまった娘を取り戻そうとする母親の闘いを描いたもの。警察は頼りにならず、町に配属された特殊部隊の隊長に頼んで捜査に加わるうちに、町ぐるみマフィアの温床になっている現実が浮き彫りになってきます。

最優秀女優賞の『もうひとりのトム』は、息子がADHD(多動症)と診断され、投薬治療を始めたものの、薬の副作用が心配になって途中で治療をやめようとして、今度は母親不適格と判断されて息子を奪われそうになるシングルマザーが主人公。途中まではケン・ローチの『レディバード・レディバード』のような社会派映画かと思いましたが、途中から映画の主人公は息子ではなく母親の方だということに気づきます。“もうひとりのトム”とは、精神も生活も行動も不安定な、この若いシングルマザーのこと。フリア・チャベスの演技とは思えない演技が見事で、見終わったときから彼女の女優賞を確信していました。

私が一番感銘を受けたのは、ヒラル・バイダロフ監督の『クレーン・ランタン』です。女性誘拐犯で服役中の男と法学生の会話、沼地を掘るクレーンの情景、音響の3層が織りなす独特の映像作品で、ストーリーでは語ることのできない、映画らしい映画でした。今年はコンペティション部門を中心に、15作品中の11作品を見ましたが、市山プログラミング・ディレクターがインタビューで語っていたように、アジアが強く、ヨーロッパが弱いという印象を私も持ちました。また、上位2賞を獲った作品がいずれも女性監督による女性問題を扱った映画であったことも今年の特徴といっていいでしょう。

アジアの未来部門では全10作品のうちの半数の5作品を見ました。

作品賞を受賞した『地球、北半球』は、父を亡くし、家長として家族を支える14歳の少年が、借りた畑地から人骨を見つけたことで翻弄されるというストーリー。私が好きだったのは、イラン出身の女性監督が内戦中のアフガニスタンで撮った『ザクロが遠吠えする頃』で、この作品も父親を亡くした少年が主人公で、少年がリヤカーで物売りをして働いているうちに外国人記者と知り合い、映画スターになる夢を叶えようとする、というもの。外国軍による誤爆が日常茶飯事になっているカブールの現実が背景になっていました。

東京グランプリの表彰審査員長のイザベル・ユベールさん=左=からトロフィーを受ける元駐日マケドニア大使で映画監督のアンドリアン・ツヴェトコビッチさん。

今年から日比谷・有楽町に進出し、大幅な改革が行われた東京国際映画祭。黒が基調の公式ポスターが地味だし、コロナ禍への配慮という点を差し引いても、外へのアピールという意味では、まだまだ改善の余地があるように思いました。ただ、日比谷ミッドタウン前の野外上映会場では、ふらりと買い物に来た家族が映画を楽しむ姿も見られ、こんな“映画ファンの足だまり”を、有楽町駅前や東京国際フォーラムに作れば、会場を歩き回りながら映画を楽しむ、お祭り感が出るのではないかと思います。そして、最終的にはスクリーンの前へ、どれだけ新しい観客を呼び込むことができるのか。それは、上映本数も増え、ゲストも多数登場するであろう来年に期待したいと思います。

受賞結果

コンペティション部門

東京グランプリ/東京都知事賞『ヴェラは海の夢を見る』監督カルトリナ・クラスニチ(コソボ/マケドニア/アルバニア)
審査員特別賞『市民』監督 テオドラ・アナ・ミハイ(ベルギー/ルーマニア/フランス)
監督賞 ダルジャン・オミルバエフ『ある詩人』(カザフスタン)
最優秀女優賞 フリア・チャベス『もうひとりのトム』監督ロドリゴ・ブラ、ラウラ・サントゥージョ(メキシコ/アメリカ)
最優秀男優賞 アミル・アガエイ、ファティヒ・アルバルシュ・ユルドゥズ、オヌル・ブルドゥ『四つの壁』監督 バフマン・ゴバディ(トルコ)
芸術貢献賞『クレーン・ランタン』監督ヒラル・バイダロフ(アゼルバイジャン)
観客賞『ちょっと思い出しただけ』監督 松井大悟(日本)

アジアの未来部門

作品賞 『地球、北半球』監督 ホセイン・テヘラニ(イラン)

Amazon Prime Video テイクワン賞

Amazon Prime Videoの協賛で、今年新設された賞。これまで商業映画を製作したことがない日本在住の映像作家による15分以内の短編を公募、その中のファイナリスト9作品から、行定勲監督など5人の審査員が審査し、以下の賞が決定された。

Amazon Prime Video テイクワン賞『日曜日、凪』監督 キム・ユンス
審査員特別賞『橋の下で』監督 瑚海みどり

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