新聞記者から社労士へ #16 健康だと過信することなく

【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記
「貴君の大学採用の件、極めて困難な状況になりました」。新聞社を60歳で定年退職したら、当てにしていた再就職が白紙に。猛勉強の末に社会保険労務士資格を取得して開業してからの10年間で見えた社会の風景や苦悩を、元河北新報論説委員長の佐々木恒美さんが綴ります。(毎週水曜日更新)

不意打ちを食らったような

検査結果を見て、肝臓や血糖値は、まあまあだったと安心していると、「PSAが高いですね。泌尿器科に行って再度診てもらって下さい」。掛かり付けのお医者さんにこう指摘され、不意打ちを食らったような気がしました。退職して5年経った65歳の定期健康診断。採血だけで簡単にできるというので、初めて前立腺に関するPSA検査を受けたのです。

前立腺は男性生殖器の一部で、膀胱のすぐ下にある栗の実の形をした臓器。PSAは前立腺の細胞からつくられる特異なたんぱく質の一種。前立腺に何か異常があると、これが血中に漏れて、血清中PSA値が上昇するのだそうです。

血清1㍉㍑中にPSAが4㌨㌘(1㌨㌘は10億分の1㌘)以上あると、前立腺がんが疑われると言い、当方は17・3。齢を取って多少尿の出具合が細くなってはいたものの、そのほかの症状は一切なく、全く気に留めていませんでした。

近くの泌尿器科のお医者さんの検査結果でも数値はほぼ同じ。「60歳の退職の際、検査しなかったの。断定はできないが、大きな病院を紹介するから、精密検査をしてもらった方がいい」。

入院したことはなかったのに

入院することになるかも知れない。とっさにそんなことが頭に浮かびます。 これまで入院したことは一度もありません。小学校の頃に年数回、扁桃腺が腫れ高熱を出して休んでおり、4年生になって除去手術をしましたが、当時は入院することもなく即日帰されたのです。

会社勤めの40代後半、岩手県一関市に転勤し、単身生活を送っていたとき、右足のくるぶしのところがズキンズキンしだし、靴を履くのも嫌な感じになったことがありました。仙台市内の整形外科に診てもらいましたが、原因は分からずじまい。単身生活で気ままに偏食し、お酒を飲み過ぎたつけが回ったのと、金属疲労のように、多少体にガタが来たのかと理解しました。そのうちに痛みは和らぎ、治りました。この時も入院はしないで済みました。

少し血圧が高く、コレステロールや血中脂肪が多く、朝、夕の2回薬を服用していたものの、会社勤めの37年間で病気欠勤は3回ぐらい。退職後は、付き合いも多くなく、その分お酒の回数も減って、それなりに健康を維持して来たつもりでした。思わぬ落とし穴があるものです。

元々痛がり、怖がり

紹介を受けた大病院。直腸内診断や超音波検査でもはっきりせず、結局2泊3日で検査入院をすることに。それにしても、最初にPSAが高いと言われてから、既に2か月が過ぎ、不安が募りました。

患部の細胞を採取し組織を顕微鏡で調べる生検。入院した当日、お医者さんに検査方法などについての説明を受け、「お任せします」。病室に戻ると、考えないようにしてもいろいろなことが頭をよぎります。「何の症状もなく、がんであるはずがない」と思う一方、「検査に耐えられるだろうか」「がんだったら手術かな」「当分仕事も休むことになるだろうから関係先に電話しなければ」。

3時間ごとに尿を取ってためなければならないこともあって、その夜はほとんど眠れません。検査当日の朝、看護師さんに血圧を測ってもらうと、200超。「先生に相談しますね」と看護師さん。予定通り検査は行われることになりました。

お酒を常習していると麻酔が効かないと言われています。前立腺の生検では、痛みを感じない人がいる半面、結構酷いという話しも聞いていました。当方には、局所麻酔の注射の効き目が薄かったのでしょうか。それとも元々痛がり、怖がりだからでしょうか。「ジョキン、ジョキン」。15分から20分。細胞が切り取られている音がし、声を出さないようにするのがせいぜいでした。

前立腺が刺激されたせいか、病室に戻り、小用をしたいのに出ない。何度かトイレに行き、夜半になってようやく出た際はほっとした次第です。

約1週間後。採取した12か所のうち、5か所でがん細胞が見つかったと、お医者さんからの告知。ひと昔前であれば、がんはとても恐れられ、本人に知らせるか、家族だけにするかなど、論議を呼んだところです。しかし今は、2、3人に1人はがんになる時代です。それもがんのうちでは、比較的軽い前立腺がんとあって、包み隠さず知らされます。

幸いだったのは、転移がなかったことです。前立腺がんは、がんが前立腺に留まっているか、隣接する膀胱、直腸、骨盤壁に及んでいるか、リンパ節への転移があるかどうかでものすごく違うそうです。MRI (核磁気共鳴画像診断装置)や造影剤を注射し、薬剤の集積状況を特殊なカメラで撮像する骨シンチグラフィーで検査が行われました。

何度もの採血、さまざまな機器を使っての診断、診断を受けるまでの待ち時間。確定診断までに重いプレッシャーがのしかかって来ますが、治療はさらに長い期間を要します。

【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記

第1章 生活者との出会いの中で
1. 再就職が駄目になり、悄然としました
2. DVD頼りに、40年ぶり2回目の自宅浪人をしました
3. 見事に皮算用は外れ、顧客開拓に苦戦しました

4. 世間の風は冷たいと感じました
5. 現場の処遇、改善したいですね
6. お金の交渉は最も苦手な分野でした
7. 和解してもらうとほっとしました
8. 悩み、苦しむ人が大勢いることを改めて知りました
9. 手続きは簡明、簡素にしてほしいですね
10. 心身を壊してまでする仕事はありません
第2章 縛りがない日常の中で
1. 見たい 聞きたい 知りたい
2. 何とか暮らしていければ
3. 時を忘れて仲間と語らう
4. 時代に置かれていくのを感じつつ
5. 平凡な暮らし 大切に
第3章 避けられぬ加齢が進む中で
1. 健康だと過信することなく
2. 焦ることなく気長に

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